南木曽町
長野県木曽郡南木曽町
人口約4017人(12月1日現在)、長く広い木曽谷の南端に位置する南木曽町。総面積の9割以上が森林に覆われ、「すべて山の中」との印象が強い木曽だが、訪ねてみれば決してひとくちにはくくれないほど、集落ごとに豊かな文化や暮らしが息づく場所だと気づく。モータリゼーションが進展した現代にあってなお、「歩く」ことを目的に世界中から多くの人が訪れる、この町。今こそ古の人に習い、速度を緩めてゆっくりと歩きながら、この町の魅力のさらに奥へと分け入ってみたい。
塩尻駅から中央本線に乗り、南へ。すぐに山が目の前に迫り、車窓を過ぎ去っていく木々の緑が美しい。さあここから道の先へ、深き日本の懐へ。そんな感慨が押し寄せ、嫌が応にも旅情をかき立てられてしまう。
全長80㎞とも100㎞ともいわれる木曽路の南端に位置する南木曽町。昭和36(1961)年、読書村・吾妻村・田立村の3ヶ村の合併で誕生したこの町、この地域は、豊かな自然や育まれた文化によっていつの世も人々の注目を集めてきた。江戸時代は木材の重要な育成地であり、京と江戸を結ぶ交通の要衝。明治、大正と日本の近代化が進む時代には木材の供給源となるとともに、木曽川の急流を生かす水力発電の中心地のひとつに。さらに近年は、中山道を歩くスローな旅を目的に、国外からも多くの人が集う新たな観光地として──。役割は変わっても、時代が求めるものがいつも南木曽にはある、じつに不思議な場所だ。
「日本で最も美しい村」連合への加盟は2008年のこと。動機はまさに、「この町の宝である歴史や自然、文化を活用し、未来につなぐ格好の取り組みと考えたため」(向井裕明町長)だった。
木曽、とひとくちに捉えてしまいがちだが、木祖村や木曽町周辺が塩尻を中心とする中信エリアに近いのに対し、南木曽町は岐阜県の県境に隣接、中部地方の影響が色濃い。町並み保存の先駆けとして有名な妻籠のほか、歌舞伎や花馬祭りが受け継がれる田立、渓谷が美しい柿其、木地師の里など、町内だけでも一日では回り切れないほど、旅の見どころは尽きることがない。
そして忘れられないのは今回、町内各地でのインタビューの最後に尋ねた「お気に入りの場所は?」の質問に、「自分の家と、そこから見える景色です」と答えた方の多かったこと。彼らの暮らしのなかには私たち旅人がまだ知らない、南木曽町の宝が確かにあった。シャイだけれど心あたたかな町民たち、霧に包まれたひと気のない妻籠の朝、大雨で転がる木曽川の岩の音まで、聞くほどに知るほどに奥深きこの町の魅力を、今こそ歩く速度でゆっくりと味わってみたい。
2020年10月取材
執筆:玉木美企子 撮影:佐々木健太