中川村-2
長野県上伊那郡中川村
長野県の南。人口4800人の谷あいの村、中川村。谷といってもここは伊那谷、日本で最も大きな谷といわれるほどの場所だ。景色は大きく開かれて、風は穏やかに心地よく渡る。そびえ立つ二つのアルプスの間を蛇行しながら、村の中央を流れるのは一級河川・天竜川。隆起する山々と、ゆるやかに蛇行する川とが育んだ、深い懐のような地形に守られて、人々の暮らしも穏やかに流れ、時を刻んでいる。
中央高速自動車道で諏訪湖を横目に見送り、ジャンクションのカーブを南へ。岡谷の山中を抜けたあたりから、景色がふいに変っていくことに気づく。いつの間にか右にも左にも、屏風のようにそびえ立つ2000〜3000メートル級のアルプス。けれどその光景に迫り来る緊張感はなく、ゆったりと裾野を広げた山々はむしろ、ほどよい間合いでこちらを見守っているようだ。
雪国のイメージのある長野県。しかし南に来れば概して積雪量は少なく、日照時間も長い。中川村は、そんな伊那谷のすごしやすさを象徴する村かもしれない。寒冷地果樹の南限と、温暖地果樹の北限が重なるこの土地では、四季折々多様な果実が実り、稲作も盛ん。その豊かさからだろうか、人々もみなおおらかであたたかだ。代々ここに暮らす村人も移住者も、男女も世代も問わずに混ざり合って楽しむ、そんな場面にあちこちで出合うことができる。
2008年に「日本で最も美しい村」連合に加盟。「季刊 日本で美しい村」への登場は、2014年から6年ぶり2回目となる。今回の中川村取材の感触をひとことで言い表すならば「芽吹き」だ。これまで静かに重ねられてきた実践や努力が硬い樹皮を破って今、村のあちこちでやわらかな花芽をつけはじめていた。しかも、異常気象に新型ウイルスと、自然に対する人のふるまいを考えざるを得ない事象が頻発するこの時代にあって、山の荒廃をくいとめながら新たなコミュニティを醸成する木の駅、環境に配慮する森と温泉のキャンプ場、農薬や化学肥料に頼らない農業など、持続可能性を視座に入れた取り組みが多いことは、なにか象徴的でさえあった。
村のランドマークといわれる絶景の「陣馬形山」は今、県内屈指の人気スポットとなっているが、この村の本当の魅力はむしろ、山の麓に暮らす人々の何気ない日々の中にある。ここで数日すごせば誰もがきっと、そのことに気づくだろう。この大きな谷の美しい村で、小さくてもたしかな未来への光を受け取った気がした。
2020年7月取材
執筆:玉木美企子 撮影:佐々木健太