鶴居村
和田正宏
ホテルTAITO経営・NPO法人美しい村・鶴居村観光協会理事長
創業100年を迎えたホテルの4代目であり、プロカメラマンとしても活躍。活動の原点は、幼少期に出会ったタンチョウ。すっかり魅了された少年は大人になった今でもタンチョウを追い続ける。
年間を通じて観光客に訪れてもらうために
北欧をイメージした赤とグリーンの建物が印象的なホテルTAITO。その始まりは、和田旅館という宿。初代オーナーは大正時代に鶴居村に入植し、商業、林業、宿泊の3つを軸に経営を行った。そのうち今も続くのが宿泊業だ。和田さんは2000年、馬の牧場だった今の土地に、ホテルTAITOを新築しリニューアルオープンさせた。「牧場だったこの地に、タンチョウがつがいで訪れる姿を、馬の背中に乗った、小学生だった頃の私
が見ていました。その頃、タンチョウは百数羽しかおらず、たまに見られる貴重な生き物でした」。カメラを始めたのも、タンチョウがきっかけだ。
「小学生の頃、怪我したタンチョウが小学校に運ばれて来たのですが、手の中のタンチョウを間近に見て、頭頂部の赤、それに長いクチバシの鋭さに衝撃を受けて。こんな鳥が鶴居村にいたんだ! と。そこからタンチョウを撮ろうと思ったんです」。
初めてオリンパスのカメラを買ってもらったのは中学生の頃。そこから和田さんのカメラマン人生は始まった。タンチョウの生息地は北海道東部で、越冬期には600羽ほどが鶴居村に集まる。巣は湿原のヨシを積み上げて作り、卵はオスとメスが交代であたためる子煩悩な鳥。優雅なイメージに反して気性は意外と荒い。「タンチョウの寿命は、記録に残るもので40年近く生きたものもいます。鳥類では日本で一番長生きな鳥でしょう」。ちなみに頭頂部の赤は皮膚の血液の色で、その部分に毛は生えていない。興奮するとこの赤い部分が盛り上がって広がる。
「皆さん、冬のタンチョウを目がけて集中しますが、3月は子別れや交尾の時期で他のタンチョウとの縄張り争いをするなど、面白い時期。それに、秋から冬にかけてのタンチョウもいい。観光客の皆さんにはそうアピールして、年間を通じて訪れてもらえるようタネを蒔いているんです」。
実はタンチョウを2回助けている和田さん。排水路に落ちてしまったヒナを助けたこともある。「鶴の恩返しですか? まだ恩返しはされていないけど、この地で100年も商売を続けていられることが既に恩をもらっているのかもしれませんね」。鶴居村に暮らす人々にとってタンチョウは鳥ではなく、「仲間」だと言う。「写真を撮りに行く時も仲間に会いにいく意識です」。
ホテルは冬季に訪れた宿泊客が、翌年の予約を取っていく人気の宿になった。4月の後半から10月まではネイチャーツアーも行っており、和田さんはそのガイドを務める。「釧路湿原の中、片道5キロ歩いて必ずタンチョウが見れるスポットまでお連れするツアーです。これまでの参加者は3歳のお子さんから最高齢は90歳の方がいらっしゃいました。朝5時に出発し、途中、湧き水を飲んだり湿原の歴史をお話して、タンチョウを見て9時には宿に戻り朝食。そしてホテル名物の美人の湯にゆっくりつかっていただきます」。
ちなみにホテルの「TAITO」という名前は「天下泰平」の意味を込めた「泰都」から来ているが、偶然にもフィンランド語で「素晴らしい」というニュアンスを持つ言葉。たまたま訪れたフィンランド人が「タイト!タイト!」と感激したという。
今でこそ、ネイチャーツアーや体験型のアクティビティを提供する宿は人気だが、その先駆け的存在である。「昔から、お客さんと一緒になって写真を撮ったりしていましたので、『こういうことをやったら喜ばれる』という手ごたえを感じていました。シティホテル並みの設備を持ちながらも、自然を愛する人のためのこじんまりとした宿。そのコンセプトはずっと変わりませんね」。
カメラマンとしてのオフィシャルな活動は、宿の経営が軌道に乗るまでは、と控えてきた。それまで東京のデパート「松屋」や「ISETAN」などで行ってきた写真展からもすっかり遠ざかっていた。ただ、写真を撮ることはずっと続けていたので、作品は十分にある。そろそろ発表する場を作って写真展をやりたいという気持ちが高まっている。
「カメラマンだけでなく画家、陶芸など様々な分野で鶴居村の文化度を上げていきたいと思っています。敷地内に、写真を楽しんでもらうギャラリー&カフェレストランを開き、人々が集って交流できるサロンのような場を作れたらと考えているところです」。
ホテル内のレストランは、昼食時になると混雑する。名物の「スパカツ(鉄板の上にパスタが盛られ、その上にトンカツとミートソースを乗せたメニュー)」をはじめ、ホテル自慢のメニューを味わいに客足が絶えない。ランチビールを楽しむ欧米人や、アジア圏からの観光客と、店内は国際性に富み賑やかだ。実は和田さん、大阪の調理師学校を卒業後、札幌市内にある老舗「札幌グランドホテル」の厨房で洋食のシェフとして働いていた経歴も持つ。
そして長男の貴義さんは、「釧路湿原等を活用したサイクリストに優しい宿とツーリズム事業」の展開準備に余念がない。釧路湿原でガイドとして培ったデータの蓄積から、サイクリストの受け入れに応えた宿づくりに注力し、自然への負荷を極力小さくした現代的な体験型観光モデルを極めようと奮闘中だ。
釧路管内の観光入り込み客数の増加。ロードバイク、クロスバイク販売台数が近年大きな伸びを示し、グルメフォンドなどのイベントも多くの動員数を誇っている。あとはインフラづくりだ。サイクリストの聖地となっている瀬戸内海を渡る「しまなみ海道」を視察に行き、「釧路湿原の方がポテンシャルが高い」と確信した。何よりも自然を愛するサイクリストと釧路湿原の組み合わせは大きな優位性を有している。
初心者からベテランサイクリストにまで対応できる複数のコースプラン。休憩ポイントでのサイクルラックの設置。釧路空港からのアプローチ。そして自転車と一緒にチェックインできる宿泊施設。
何世代にも渡って愛され続けるホテルの優しい挑戦は続く。
2018年1月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維