椎葉村尾前一日出
椎葉村観光協会 会長
「中途半端はダメ、やるからには日本一をめざしたい」 この言葉を有言実行するのが、一級建築士で大工の親方でもある「椎葉のトムソーヤ」こと、尾前一日出さんだ。常識を超えた発想力と遊び心で、広大な山林を自ら切り開き、子どもだけでなく大人の冒険心をも駆り立てる「トムソーヤの森」をつくっている。
村の子どもたちのために、「日本一」をつくり続ける
村の中心部から、耳川に沿ってくねくねと山道を登ること40分。その先には山々が織りなす絶景を眼下に望む、いとも開放的な古民家があった。外壁はなく、太い梁にブランコがぶら下がり、屋根には庭へと滑り降りる竹の滑り台がかかっている。常識を超えた遊び心あふれる空間に心が躍る。
ここは村で設計事務所を営む一日出さんが、築150年の古民家を改装してつくり上げた遊び場兼事務所。建物の一角に小さな事務所スペースはあるが、目立つような看板はなく、「仕事をするより遊びたい」という一日出さんの思いが現れている。
中学卒業と同時に村を離れ、宮崎県の中央部にある新富町で大工の修行を始めた。営業や現場監督を経て一級建築士として腕を磨いてきたが、42 歳の時、家族とともに椎葉村に戻ってきた。
「外に出ても、椎葉で育ってよかったなという思いが自分の中にずっとあって。当時3歳、4歳の娘たちをこの村で育てたいと妻を2年くらい説得して帰ってきました。今では娘たちも妻も、帰ってきてよかった、椎葉で育ってよかったと言ってくれて。大成功ですね」
村でのんびり暮らし、仕事はそこそこにしようと思っていたのも束の間、帰ってきてすぐに設計の仕事が次々と舞い込むようになり、ゆっくりすることもままならなくなった。
「時代に逆行したくて戻ってきたのに、と最初は違和感もありましたが、村全体に光回線が通ったことで田舎にいながら都会と変わらないスピード感で仕事ができるようになり、村にいることが逆に武器になりました。子どもたちは椎葉から出て行くけど、今は帰ってきて起業ができるチャンスの村ですよね」
移住した時期と時代の流れが噛み合い、秘境と言われる村で設計事務所を難なく成立させた一日出さん。住宅だけでなく村内の公共施設も手がけ、村唯一の一級建築士として活躍してきた。だが、「せっかく椎葉に帰ってきたのにのんびり暮らせていない」ことが心のどこかに引っかかっていた。一日出さんはその思いを晴らしたいと、Uターンから5年目、中心部から離れた場所に遊び場をつくろうと思い立った。
「道路も何もない森に、かつて叔父が住んでいた空き家が一軒あって。ここを遊び場兼事務所にしようと思った時に、集落一帯でこんなことがやりたいというイメージスケッチを描いたんです」
一日出さんはそう言うと、一枚のスケッチを見せてくれた。そこには展望デッキ、ツリーハウス、ウォーキングコース、ジップラインなど実現したいアイデアがいくつも描き込まれている。そのスケッチをもとに、古民家周辺の山林の木や竹を自ら伐採して散歩道を整備し、ツリーハウスやジップラインなどの森遊びができる場をつくってきた。森づくりを始めて12年が経った今、そこに描かれた夢は一つずつ形になり、一日出さんがつくる「トムソーヤの森」は、村内外の人々が訪れる椎葉の遊びの拠点になった。なぜここまでやるのだろうか。そこには、村の子どもたちへの
思いがあるという。
「今の子どもたちは椎葉のよさがわからないまま外に出てしまうのでもったいない。自分が山の中で遊んで育ったように、今の子どもたちも山で思いっきり遊んで、椎葉のよさを体感してほしいんです」
この森を象徴するのが、高さ13~28メートルという合計5つのツリーハウスだ。中でも28mのツリーハウスは日本一の高さを誇る。
「あと2mで世界一やけど、あんまり急いでも仕方ないので3年くらい経ってからゆっくり上げようかな」と余裕の表情だ。この高さ、一見危険なようにも思えるが、「危険なものから遠ざけるのではなく、子どもが自ら考え行動する場をつくりたい」という考えあってのこと。ここに来ると、大人も忘れかけていた冒険心を駆り立てられ、自然と子どもに戻ってしまうのだ。
一日出さんのツリーハウスづくりは感覚こそが頼り。「何でも実験するんです。計算ほどあてにならんもんはない」と大きく笑って言いのける。子どもの頃から山で遊び尽くしてきた一日出さんの身体には、自然の感覚が染み付いているのだろう。設計図はなく、木の状態を見ながら即興でつくり上げていく。
日本一のツリーハウスを実現しても、一日出さんの挑戦は終わらない。次は、「日本一長い」という500mのジップラインを設置しようと準備を進めているそうだ。
「僕はやるからには日本一をめざしたいし、何でも続けることが重要かなと思うんです。とにかく進化し続けています」
楽しいことに本気で取り組む一日出さんの姿に感化され、一人、二人と森づくりの仲間は増えてきた。2014年に「尾前里山保全の会」を自ら立ち上げ、今では同じ地区に住む役場職員や林業家など職業や年齢も多様な15人が集まっている。仲間が所有する山林も合わせて20ヘクタールを再生しようと計画中で、仲間の数だけ規模は大きくなってきた。この森づくりによって、集落にも少しずつ活気が生まれているという。は増えてきた。
さらには、子どもたちにツリーハウスづくりを体験させたいと近隣の小学校に提案し、授業の一環として一緒につくったり、小学校の教員の研修で、子どもが自然と遊ぶことの大切さを伝えたり。一日出さんの活動は森づくりにとどまらない。
「これからは若者が椎葉に魅力を感じるような村づくりに挑戦していきたい。そのためには、この活動をエンドレスでやりながら、グレードアップしていくことしかありません。つまりは、日本一をどんどん増やすこと。外に出て行った子どもたちが僕らの活動を見て、『この村なら何か新しいことができる』と感じて、実際に村に戻ってくる。そんなことを実現したいですね」
大人が村の子どもたちのために、本気で楽しみながら汗を流す。そんな姿は、村外に出た若い世代に勇気を与えるはずだ。
2019年10月取材
執筆:中里篤美 撮影:田村寛維