十津川村
杉本一雄
奈良交通 八木新宮特急
真言密教の総本山である高野山と、熊野本宮という二大聖地を最短で結ぶ参道である「熊野参詣道小辺路」。吉野と熊野の二大聖地を結び、急峻な主稜線を通る山岳修験道の「大峯奥駈道」。二つの聖なる道に挟まれて、所要時間およそ6時間半。「日本一長い路線バス」として知られる八木新宮特急バスが誘う旅がある。
お客様を異空間へ誘う。私にとっての修験道とも言えます
高速道路を使わない路線バスとしては日本一長い距離を走る八木新宮特急バス。「特急」と名前がついているのは、一部区間で数か所のバス停を通過するためだが、実際は、ほぼ各駅停車のスローな運行。1日3往復、6台のバスが稼働する。
「午後1時45分に大和八木を出発するダイヤだと新宮に着くのは夜8時22分。その夜は新宮で1泊して翌朝、5時台のバスで大和八木方面に戻ってきます」
6時間半の長時間を走るため、途中、谷瀬の吊り橋や十津川温泉など3か所のスポットで、10~20分ほどの休憩を設けている。とはいえ、途中、乗務員の交代はなく、全区間1人で乗務するハードな勤務。「そうですね、いかに緊張感を持続するかが、難しくもあり、大切なところです。焦ったり、イライラすることもありますよ。いろいろな葛藤と緊張感の波を感じながら、今でも日々精進です」
十津川村内に入ると、対向車とのすれ違いが難しそうな細い道や見通しの悪いカーブ、そして幅員の狭いトンネルにドキドキする。
「大事なのは、前へ前へ出ることでなく、一歩、譲ること。マイカーとは違ってバスは、お客様を安全に送り届けるための『ハコ』。対向車や車間距離、スピードなどに注意しながら、常にしっかり見る、観察することを大切に、快適に過ごしてもらえるよう意識しています。お客様に長時間の乗車の疲れを感じさせないのも運転手の力量です」
そのために何より大事なことは「運転中の姿勢」という。
「正しい運転中の姿勢が安全運転につながります。例えば背もたれは105度くらい、膝は90度など理想的な角度があって、一番、ハンドルが回しやすい、目の前や左右の安全確認をするのに最適なポジションを維持しています。いかに予測をするかも大切。様々な気配を感じるためにも、右の窓を少しあけておくなど、五感を鍛える工夫もしています」
杉本さんは福井県生まれ。小学生のころ、母の実家である南紀勝浦で育ち、運転好きだったこともあって奈良交通へ入社した。いくつかの営業所、支社に配属された後、2000年11月から八木新宮線を走ることに。一度は廃線の危機もあったという八木新宮特急バスだが、テレビ番組による路線バスの旅が人気を呼んだことを追い風に、利用者の拡がりを見せている。
「魅力は、なんと言っても、車窓からの景色。自分で運転していては楽しめない景色も、バスならぞんぶんに楽しめます。日ごろ忙しく過ごしている人が、日本の田舎、山村の魅力という非日常であり異空間にパッと飛び込む、そのお手伝いができればドライバー冥利に尽きます」
そして十津川村はわざわざ訪れたい秘境中の秘境で、来る人を癒すおおらかな時間が流れているとのこと。
「車内での時間はお客様お一人おひとりが、村の空気と時間を存分に体感していただき、また日常に戻るエネルギー源にしてもらえればと願ってハンドルを握っています」
2019年7月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維