馬瀬
岐阜県下呂市馬瀬
岐阜県のほぼ中央部、南飛騨の山間に位置する、下呂市馬瀬地域。2004年に閉村した旧馬瀬村は今、その一帯を「馬瀬地方自然公園」として、
自然の恵みと人の暮らしの豊かさを、世界に発信し続けている。その代表的な自然資源の一つが、一級河川の清流・馬瀬川。ダムよりもなお上流に位置する川の圧倒的な美しさは、ここに集う人の心を動かす不思議な魅力に満ちている。
それは、一瞬で心奪われる光景だった。
賑やかな下呂市街を抜け、ぐんぐんと細道を進んでいくと、周囲には新緑の山、鳥の声、田んぼに満たされた水、そして、川。涼やかな水音のする方を見やれば、穏やかな農村の中心に、にわかには信じがたいほど澄み渡った川が、当たり前の顔をして滔々と流れている。
思わず川辺に降り、青よりも深いエメラルドグリーンの川面を覗き込めば、ピンピンと泳ぎ回る魚の姿があちこちに。いつしか日本各地で失われていった「生きた川」の姿が、ここにはこんなにも豊かに残されている。もはやそれだけで、この場所に来られた喜びが胸に満ちてくる。
下呂市馬瀬地域は、岐阜県のほぼ中央を流れる一級河川・馬瀬川の上流に位置し、人口は約1080人。「七里十里五十淵」と言われるとおり、南北約28㎞の流域に10の集落が連なり、そのどこからも川を望むことができる。
そして「淵」と言えば、馬瀬を語る上で欠かせないのが鮎釣り。鮎釣りの祖といわれる山下福太郎の逗留の地として、多くの釣り人が憧れる名所となっているほか、秋の夜には落ち鮎を火で追い網で捉える伝統の「火ぶり漁」が、今も大切に守り継がれている。
2004年、旧馬瀬村は下呂市に合併こそしたものの、これと同時に区長会長は、旧村一帯を「馬瀬地方自然公園」に設定することを宣言。「公園を運営する」、という形で住民主体の地域活性活動が継続している、全国でもめずらしい地域と言えるだろう。さらに「日本で最も美しい村」連合には2007年、地域として初の加盟に。自治体としては閉村しても、今も馬瀬は「自然公園」として、そして「美しい村」として、ここにあり続けているのだ。
地域内には信号なし、コンビニなし、スーパーマーケットもなし。それでも住民たちはどこ吹く風、「山を降りれば、すぐ街に出られるよ」と、不便を口にする人は誰もいなかったのが印象的だった。それよりももっと、かけがえのないものがここにはあるよ。馬瀬で出会ったすべての人と自然が、そう教えてくれているようだった。
2021年4月取材
執筆:玉木美企子 撮影:佐々木健太