吉野町

奈良県吉野郡吉野町

PHOTO:©髙橋大稔

奈良県のほぼ中央に位置し、町を東から西へ縦断するように清流、吉野川が流れる。「木のまち吉野」を象徴する吉野木材は、かつて筏に組まれこの川を下って運ばれた。春には3万本もの桜が吉野山を薄桃色に染め、町全体が色めく。古事記、日本書記にも登場し、日本の歴史を形成してきた伝統が今も人々の暮らしに根付く町。雅な古都へ、いざ、ゆかん。

奈良駅から近鉄線に揺られること約2時間。終点吉野駅に着くと、みやげ物屋が並び、吉野山方面へ向かうケーブルカーが見えてくる。多くの人が「一度は愛でたい」と願う吉野の桜。その起源は、今から1300年前にさかのぼる。日本の修験道の開祖である役行者が、難行苦行の果てに、怒りの形相をした蔵王権現を感得する。「これこそが、民衆を迷いや苦しみから救い、導く」と、そのお姿を山桜の木に彫り、祀ったのがきっかけとされる。それ以降、吉野山では山桜がご神木として植え続けられ、現在の「日本一の桜の名所」となった。
「日本で最も美しい村」連合への加盟は2012年。登録されている地域資源は、「千年の桜に染まる吉野山」と、「伝統の技が生きる国栖(くず)の里」。国栖地区は、飛鳥時代から続く「紙漉きの里」として知られる。皇位継承の争い「壬申の乱」で勝利をおさめた大海人皇子(のちの天武天皇)が伝えたといわれる紙漉きは、千年前と同じ手法が受け継がれ、現在も丹念な手作業で、一枚一枚、生み出される。漉いた和紙を屋外で乾かす「天日干し」は、今では日本の和紙生産者でもおこなう人は少なくなった貴重な風景の一つ。
吉野の気候と土壌が、最高級の材質として知られる吉野杉、吉野桧を生み出し、林業や製材業がこの町を基幹産業として支えてきた。製材後の端材を利用した割り箸づくりも盛んで、高級割り箸として珍重されている。町の中を歩いていると、ふと、鼻腔をくすぐる杉のほのかな香り。この町全体がひとつの製材工場であり、巨大な森林セラピー基地のようだ。
万葉集でも吉野が詠まれた歌は多く、西行法師も吉野の桜の魅力にとりつかれた一人。平安末期~鎌倉時代にかけて活躍した歌人であり、20代の若さで武士を捨て出家した彼が、3年ほど隠遁生活を送ったという「西行庵」は、奥千本と呼ばれる吉野山でも最も奥深い場所に、今もひっそりと佇んでいる。
 願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月のころ
 (できることなら、満開の桜の下で死にたいものです、旧暦2月15日の満 月のころ)
これは、最も有名な西行法師の歌のひとつとして知られ、その願い通り現在の3月中旬、桜の時期に西行は亡くなったという。人々を魅了してやまない吉野の桜。そして、桜に負けない魅力を持つ吉野の人々。この土地を愛し、守り、切磋琢磨する、吉野人の物語です。

2019年4月取材 執筆:高橋秀子