大蔵村
山形県最上郡大蔵村
山形県の北部、最上地方に位置する人口3400人ほどの美しい村。村の南部は出羽三山の主峰、月山を仰ぎ、深い山々に守られるように存在する。1200年以上の歴史を持つ肘折温泉は、古くから湯治場として賑わい、月山への登山口として栄えてきた。風情あふれる旅館が軒を連ねる温泉街では、浴衣姿に下駄履きでゆきかう人々の姿が、どこか懐かしい時代へ迷い込んだかのような気分にさせてくれる。
山形新幹線の終点、新庄駅から村営バスに揺られること約25分。村の北部、最上川付近に位置する大蔵村役場に到着する。南北に細長い地形をしているこの村は、1889年(明治22年)の村政開始から来年で130周年。これまで一度も市町村合併をせず、山形県内では唯一、単独の村として生き抜いてきた。鉱山や銅山など豊富な地下資源に恵まれ、財政的に豊かな村であった理由からだ。
村を支える基幹産業は農業と観光。ここ10年ほどトマトの生産に力を入れており、トマトを中心とした野菜の販売額は平成28年度で5億4千万円を超え、米の販売額を上回る。東北地方のモスバーガーでは、バーガーに挟まれる厚切りトマトの約8割が大蔵村産。関東圏の市場でも高い評価を得るなど「大蔵ブランド」として確立されている。また、40歳以下の農業後継者たちによる会「メンズ農業」も後押しして、脱サラして農業に転職する新規就農者も増えている。
村の観光産業の中心である肘折温泉郷へは、新庄駅から村営バスに揺られて約50分。最後は、車1台通るのがやっとと思える細い肘折温泉街を縫って到着する。
今から1200年以上前、肘を折った老僧がその傷を癒し、治ったことからその名前がつけられたという。出羽三山への登り口の一つ「肘折口」は、最も繁栄した江戸時代の中期、1日で約1300人が月山へ向かったと言われ、この出羽三山参りの人々の宿泊が、肘折温泉の湯治のはじまりとされる。
一歩、温泉街に出れば、細い道沿いに旅館が軒を連ね、商店や名物・朝市が並び、まち歩きが楽しめるのも醍醐味のひとつ。旅館のロビーでは、馴染みの湯治客同士が偶然の再会を喜び、おしゃべりに興じる。見ているだけで癒される古き良きノスタルジックな時代にタイムスリップだ。
「日本で最も美しい村」連合に加盟したのは2005年。連合設立時の7町村メンバーでもある。登録されている地域資源は、肘折温泉と日本の棚田100選に選ばれた「四ヶ村の棚田」。8月は、四ヶ村の棚田に1200個ものキャンドルが灯る「ほたる火コンサート」や、肘折温泉とアートのコラボレーション「ひじおりの灯」など、夏の風物詩であるイベントが目白押し。
夕暮れとともに、旅館や商店の軒先に、灯ろうの明かりがひとつ、またひとつ灯ってゆく。大蔵村の魅力が、訪れた者の心と身体の隅々にまで、深くじんわりとしみ込んでいく。秋の味覚が豊富な秋が過ぎ、そして冬が来れば全国でも屈指の豪雪地帯であるこの村は、すっぽりと深い雪に包まれる。
2017年7月取材
執筆:髙橋秀子 撮影:田村寛維