赤井川村
赤木陽介
「コロポックル村」アスパラガス農家
農家になるのが夢だった少年は大人になってその夢をかなえた。そして、「日本一」を目指すべくアスパラの道へ。赤木さんの手がけたアスパラは、東京の高級食料品店や百貨店に並ぶ一級品だ。自己否定することで次なる高みを目指すという赤木さんの仕事哲学を聞いた。
日本一のアスパラ農家を目指して
「日本一のアスパラ農家を目指しているんです」。赤木さんは開口一番にこう話した。「ただし、評価はあくまで食べた人がするもの。だから自分では決して「美味しい」と思わないようにしているんです」
小学生の頃、札幌から赤井川村に引っ越してきた。そして高校で再び札幌、就職で東京へ。地元で生まれて育った人は、その土地の本当の良さが分からないと言われるが、「僕の場合、一度村の外へ出たからこそ、この村の素晴らしさが分かると思っています。だけど高校で村を出て札幌へ行った時は、正直、小さな村出身というコンプレックスはありました」と振り返る。人口1200人ほどの赤井川村だが、赤木さんは日ごろ、サバを読んで1000人程度と言っている。「どうせなら、一番小さな村になればいいと思っている。だって、その方が聞く人にしたらインパクトがあるでしょ?」と今やその小ささを逆手に取る。
赤木さんが作るのはホワイトアスパラが7割、グリーンアスパラが3割。トマトなどと違って、まだ栽培方法がきちんと確立されておらず、プロも少ない。研究者はたくさんいても、それを畑という現場に落とし込む作業はまだ出来ていない。「アスパラで勝負すれば、ひょっとすると日本一になれるかもしれない」。その思いが赤木さんをアスパラ作りに駆り立てた。
普通、農作物は収穫量と美味しさが反比例する。すなわち、収穫量が多ければ多いほど、その味は落ちる、と言われる。しかし、アスパラはその逆で、たくさん採れた方が美味しくなる可能性がある。そして、機械化されておらず手作業であることも魅力だった。「だけど一番は、アスパラが好きだから、ですね」と赤木さん。
赤木さんのアスパラは、東京の高級食品店や百貨店で高値で取り引きされるため、地域内で出回ることは少ないが、村にある農園「コロポックル村」に併設されたカフェで味わうことが出来る。主力の「極太のアスパラセット」は東京から食べに訪れる人もいるほどの人気メニュー。口に入れると、柔らかな食感と、土の栄養素を惜しみなく吸い上げたような甘みが口いっぱいに広がる。アスパラだけでメイン料理になれるほどの存在感だ。
子どもの頃から農家になるのが夢で、農家だった叔父さんの畑を手伝うのが好きだった。就職で東京に出た18歳の時、農家になることを決意。東京で3、4年働いた後、村に戻って農業を始めた。「販売価格を自分で決められないような農業はあり得ない」、そう語る赤木さんのアスパラは、東京をはじめ、小樽や札幌のレストラン、ホテル、旅館、居酒屋などからも引っ張りだこだ。「一日50
件ほど携帯に電話がかかってくることも。嬉しい悲鳴ですがてんてこまいの忙しさです」とイキイキとした表情で語る。
現在、農園、カフェなども含めてスタッフは14人。地域雇用を増やすこと、これまでの働き方を変える「働きかた改革」も赤木さんのテーマ。数日単位の短期でなく、シーズンを通して地域内で長く働ける仕組みを整えている。過去には、コロポックル村の紹介と、「日本一のアスパラ農家を目指している」と思いをつづった手製の求人募集チラシを作り、村の全戸500軒に配布した。チラシを見た25歳の若者が赤木さんの思いに共鳴して応募してくるなど反応は上々だった。「地域内で、同世代の人たちを巻き込んで一緒に働きたい、という思いがあって。みんな子育てで大変な時期だけど、『10年後はきっと楽しいから』と言い続けています」
農業は化学、というのが赤木さんの持論で、アスパラの香り成分を高めるには、土に何を加えればいいか、何を加えたらどんな反応が起きるか、常に化学的にアプローチしている。「僕は毎日、自分の作ったアスパラを食べますが、納得していないんです。例えば100点に近づけたら、その次は120点を目指す。現状に満足せず、いかに自己否定できるかが大切なんです」
土作りについても、常に作物に合ったいい状態を維持している。それも赤木さんからすると当然のことで、「農地は自分だけのものでなく、『地域のもの』だから。自分が農業をやめた後、次の世代や新規就農の人の手に渡った時も、いい土の状態で渡したい。そして、農家はその村の景観、風景も作っているので、土作りは当然のことなんです」
2004年からアスパラ作りを始めたが、初年度はさすがに農業では食えず、東京時代の会社で雇ってもらいながら食い扶持をつないだ。忘れられないのは、初めて建てたハウスが大型の台風で飛ばされたこと。当時はハウスにかける保険があることも知らず、「儲かったべ?」と言われて何のことかさっぱり分からなかった、と苦笑する。
今年でアスパラを手がけて13年。アスパラ好きが高じて、新築した家にアスパラを模した煙突をつけたほど。「本当はホワイトアスパラにしたかったのですが、さすがに汚れが目立つだろうとグリーンにしました」と打ち明ける。
ちょうど時期を同じくして村にUターンしてきた、同世代の農業仲間の存在も「いい友人であり、いいライバル」として大きな力になっている。「ここは数少ない『残された田舎』。カルデラの中に集落があるのは赤井川村だけでしょう。何より僕はトップレベル級でこの村が好きなので、今後は、新規就農した人を受け入れるなど、地域雇用の場としても貢献していきたいですね」日に焼けた少年のような笑顔が、柔らかな逆光を受けて、いっそうほころんだ。
2017年4月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維