飯豊町
なかつがわ農家民宿
なかつがわ農家民宿
中津川地区では、8軒の農家民宿がそれぞれの個性を活かした宿を経営している。農家民宿を支える「カギ」となるのは、宿の「顔」とも言える食事を提供する女性たち。根っからのおもてなし上手で元気いっぱい、お料理上手な女将さんたちに、その取り組みを聞いた。
「限界集落」から「限界を感じさせない集落」へ
中津川で農家民宿が始まったのは今から10年ほど前。東北でも有数の豪雪地帯として知られ、遠い昔、車がまだ庶民の暮らしになかった頃は、村で病人が出ると、村人たちが一致団結して、病院のある集落まで峠を越えて担いでいったという。まさに隣近所の協力なくしては生き残れない村だった。あまりの雪深さゆえ、冬の季節は、学校の先生さえも、近くの民家に下宿しながら学校に通ったほど。そんな、一度訪れたら簡単には帰れない、必然的に泊まらざるを得なかった土地柄ゆえ、旅人やよそ者に対してもフレンドリーな気質なのが中津川の人々の特徴だ。加えて、「以前から山村留学で、埼玉や東京など首都圏からのお子さんを最長で1年、家で預って学校に通わせる里親経験をしてきたこともあって、民宿を始めることへの抵抗はもともと低かったですね」と、農家民宿「いろり」の女将、伊藤信子さんは言う。
家で冠婚葬祭を執り行っていた名残りから、どの家にもお膳やお布団が20組はあるのが当たり前で、玄関は鍵をかけずにつねにオープン状態。人里から離れた辺鄙な場所ゆえ、この地を訪れた人は泊まっていき、長い夜をじっくり語り合う。厳しい冬の気候ゆえの要素がうまく重なって「農家民宿」という形になったのも、必然と頷ける。
中津川の農家民宿はそれぞれが、料理、体験メニューなど各宿独自の個性を打ち出しているが、どのお宿にも共通するのが、「山菜料理」。この日、取材で訪れた「いからし本家」でも、テーブルいっぱいに、ワラビやぜんまいの煮物、青菜(せいさい)漬け、玉こんにゃくの煮物、手作りのゆべしなどの手料理が、「10時のおやつ」と称して並べられた。和やかにおしゃべりが進むなか、「あがれ、あがれ(食べて、食べて)」と気持ちよくすすめてくれるので、朝ご飯をたくさんいただいた後でも、ついつい、箸が進む。高菜の仲間である青菜を漬け込んだ山形を代表する「青菜漬け」は、ザラメを使いほんのり甘く仕上げているのが特徴。おむすびに巻いたり、白いご飯のお供に最高に合うお漬物だ。
「宿の料金についてのおおまかな取り決めはあるものの、提供するメニューについては自由です。どの宿でも、地元で採れる山菜とヤマメは欠かせませんね。それぞれがお料理については技を持っているので、講習会を開いたり教えてもらったレシピを元に挑戦してメニューに取り入れたりしています」と、「いからし本家」の女将五十嵐あいさん。
ちなみに「いからし本家」は、築200年の古民家を改修したお宿。天井が高く広々とした家の中は、養蚕が盛んだった時代をしのばせる。家の前に水車が回り、縁側から望める雄大な飯豊連峰の景色も魅力のひとつ。7月には小川にホタルが乱舞する姿も楽しめるそうだ。
一方、農家民宿「ごえもん」は、ヤマメ料理一筋。新鮮なヤマメを使った刺身やお寿司、てんぷら、甘露煮など、工夫を凝らした様々なヤマメ料理が味わえる。山野草が趣味のご主人が、その栽培法などを教えてくれることも。「バリアフリー対応なので、お身体が不自由な方でも安心してお泊りいただけます」と、女将の鈴木みちさん。
農家民宿を利用する客層は、比較的年齢層が高めで、ホームページを見て、全国はもとより、台湾やタイ、香港からも泊まりに訪れる。「特に海外からのお客さんは囲炉裏で食事をするのが珍しいので、とても喜んでくれます。会話は、漢字の筆談で通じることもあれば、タイになると言葉もお手上げ。だけど、『美味しい』『ありがとう』『NO 1』などの言葉は、皆さん覚えてきてくれるので、どうにか最低限は伝わっているかな。最後は『どうにかなる!』の精神ね」と、「いろり」の伊藤さんは笑う。
台湾や香港では雪が珍しいので、中津川の豪雪は特にとびきりの魅力に映るのだとか。「雪の壁の中にローソクを灯す、『灯の回廊』の演出をした時は、家の灯りをすべて消して、囲炉裏を囲みながらガラス越しに映ったローソクの幻想的な炎を眺めました。ここに住んでいる私でさえ、あらためていい所だなぁと思ったほど」。
農家民宿が始まったきっかけの一つは、ここ中津川地区が「限界集落」の烙印を押されたことも大きかった。「その悔しさから、自分たちの手で、この地区のために何かしたいと思った」(五十嵐さん)。それが、今や海外からも、宿泊に来るお客さんでにぎわうようになった中津川。「もっとたくさんの人に来てほしい、というよりは、身の丈にあった経営を考えると、今くらいのペースがちょうどいいみたい。飯豊米で作ったお土産用の米菓の商品開発なども、今、進めているところなんですよ。ただ、今後のことを考えると、若い人々に受け継いでもらうには、『食べていける民宿』、と
いうのも課題のひとつね」と五十嵐さんは言う。
「自分たちの集落を、どうにか盛り上げていきたい」。そんな思いから始まった中津川の人々の挑戦はこれからも続く。
2016年4月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維