鶴居村
安藤 誠
ウィルダネスロッジ「ヒッコリーウィンド」
大学時代、オートバイで日本全国を旅すること4回。「田舎にこそ本物が宿る」と気づく。「出会いと感動と学びの場」を通じて伝えられる安藤さんの言葉は、訪れる人の心のエンジンに火をつける。
「小さなユニット」ほど大事にしなくてはならないもの
札幌生まれの札幌育ち。仙台で過ごした大学時代、趣味のオートバイで日本一周を巡り、地方の隅々を見ることで「田舎にこそ本物は宿る」と気づいた。旅から学んだ「出会いと感動」をテーマに、ヒッコリーウィンドをオープンして20年。プロカメラマン、ネイチャーガイド、陶器のバイヤーなど多様な顔を持つ安藤さんだが大学を卒業後、予備校で歴史を教える講師をしていた経歴を持つ。
「偏差値重視の受験勉強に偏るのではなく、学ぶことが楽しくて仕方ない、知的興奮を覚えるような指導を目指し、実践していました。そこから幕末の維新期にあったような私塾をやりたいと考えるようになりました。教育こそが人をつくる上で何より重要だと感じたからです。そんな思いがあり、ここは単なるロッジではなく、『出会いと感動と学びの場』がコンセプトです」。
ヒッコリーウィンドに宿泊するゲストの多くがリピーターになる。安藤さんの価値観や生き方に共鳴して訪れる若者も多い。
「ギャラリーのこの柱は海から拾ってきたもの。ドアノブも拾い物。図面さえ引いてもらえれば、自分にも建てられると思って」敷地内の建物の大部分は手作りだ。
木の温もりあふれるギャラリーには、安藤さんの撮った野生動物たちの写真、超レアなギターたち、モトグッチのエンジンを載せたカスタムバイク、100種類以上のバーボンが並ぶ。カメラは、ネイチャーズベストフォトグラフィー アジア写真コンテストで2年連続受賞している。壁に掛かる至近距離で撮影されたヒグマが来訪者を見つめる。
鶴居村に移住して30年。人口2500人ほどの村は、かつて合併でなく「分村」という独立の道を選んだ。「効率を求めるあまり、無駄を省くという考え方が現代の主流ですが、すべての物事において本質的に無駄はなく、手間がかかることを継続することでしか生まれない価値があります。『信用』がそうです。鶴居村で暮らす、ということはすなわち、『信用を築く』ということ。『信用』は継続しないと生まれないものです」
大事なのは住んでいる人の顔や、作り手の顔が見えること。自分の手の届く範囲で、物事が把握できるということが、この村で暮らしているポイントという。「日本で最も美しい村」に加盟する村のように、「小さなユニット」ほど大事にしなくてはならないもので、鶴居村で暮らすことは、「その小さなユニットで、継続して信用を築く作業である」というのが安藤さんの考えだ。
「人間の脳の許容範囲で記憶できることをオーバーしているのが大都市。利権やお金が何より重要で、スピリットよりも優先されているのが都会です」。ガイド業の傍ら、全国の大学や企業などで「自然環境と人間」をテーマにした講演活動も行い、自身の考えるスピリットを語り伝えている。
ヒッコリーウィンドで出される食事は、北海道の食材について正しい知識を持ち、美味しいものを提供できるという北海道フードマイスターの資格を持つ奥様、忍さんのお手製。魚や肉の素材はもちろん、特にこだわるのは野菜。「道内の大手ホテルの社長さんとも親しくさせてもらっていますが、どんなに高級なホテルでも野菜のクオリティを上げることは難しいそうです。ここでは、野菜の美味しさを引き出すことに最も力を入れています。料理は好評をいただいています」。ゲストの年齢や出身地によってもメニューは変わる。365日、同じお料理が出されることはない、というから驚きだ。
ガイドの仕事は、北海道全域がフィールド。カヌーガイドから登山ガイドまですべて。安藤さんはガイドするお客さまの好みによって、話す内容を変えていくそうだ。お料理と一緒で一人ひとりにオーダーメイド。
「こんなに素敵な仕事なのに、どうしてみんなガイドにならないのかな? と思うほど。ガイドというと、バスガイドやネイチャーガイドのように『同じことを繰り返す』『もうからない』というイメージがあるのかもしれません」。安藤さんが目指すのは、「稼げる」そして「人生を豊かにして、人をしあわせにする」仕事として、ガイドの歴史を変えること。10年前からは後進の育成にも力を入れ始めた。
「自然の中には真実しかない」というのが安藤さんの哲学。生きるうえで本当に大切なことはすべて自然が教えてくれた。「ソローの『森の生活』のような暮らしをしたかった。今はインターネットを使って世界中の情報を収集し、それを語れる時代ですが、僕は自分の経験したことや実際、確認したことしか話しません」。
20代の頃、たった一人で鶴居村に移住したのはこの場所にピンと来たから。当初、「10年住んでも相手にされなかった」でも、しんどくはなかった。「ここに住まわせてもらっている、という感謝の気持ちと先輩たちへの敬意を払いながら、20年以上かけてゆっくりと信頼を築き、30年住んでようやく村民になれた気持ちです」。
安藤さんによると、「鶴居村は、鶴が居る村ではなく、正確には『鶴が選んだ村』。自分の住む村を大切に思い、誇りを持つことにリスペクトできているかが重要です。鶴居村の自慢なら1か月、話せますよ(笑)」。そのために大事なのは、まず田舎に暮らす子どもたちの意識を変えること。「大きくなったら、大阪や東京に行きたいと子どもに言わせている大人じゃダメなんです。いったん、外に出てもいいから、また戻ってきたくなる村にする。大事なのはタレントやオリンピック選手ではなく魅力ある村民を輩出することです」。
寒さが厳しいほど、生命が一層輝く場所。「厳しい自然条件ゆえに中途半端では生き残ることができない。それが鶴居村の美しさではないでしょうか」。
2018年1月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維