吉野町
橋元美穂

木製玩具ブランド「esora」主宰

地域おこし協力隊として吉野町へ3年前に移住。「木育」を通じて、子どもたちの夢や創造性、故郷愛を育んできた。任期終了後も、教育を通じた吉野材の活用法を提案している。

吉野の木を通じて、子どもたちの創造性と夢を育てたい

子どもの頃から絵を描くことや工作が好きで、高校と大学ではビジュアルデザインを学んだ。「教員だったきょうだいの影響もあり、子どもの教育にも関心があった」という橋元さんは、教職の免許も取得。卒業後は輸入ものの玩具を販売する会社へ販売員として就職した。「外国産のものは文化の違いもあって、日本の子どもが遊ぶには説明も必要でした。保護者の方は子どもにいいものを与えたいと思っているのに、日本にはなぜ、国産のいいおもちゃがないのだろう?と思うようになって」。ならば、日本の木を使って、日本の子どもにあったおもちゃを作ろうと会社を退職。その後、1年間、家具や木工の技術を学ぶため奈良にある職業訓練校へ通った。
木製玩具ブランド「esora」を立ちあげ、木工作家として活動するかたわら、2016年に協力隊として吉野町へ移住。訓練校時代の先輩が吉野町で先に協力隊に就いていたことも後押しした。「ちょうど吉野町がウッドスタート宣言をした年でもあり、これから町として吉野材をPRしながら『木のまち吉野』として売り出していく時でした」。ちなみにウッドスタート宣言は、奈良では吉野町が最初に宣言したもので、「木を軸にした子育てや環境を整え、子どもから大人まで木の温もりを感じる暮らし」に取り組むもの。この宣言をした自治体では、赤ちゃんが生まれると地域の木材を使ったおもちゃ「ファースト・トイ」がプレゼントされる。
協力隊の任期中は、ふるさと教育の一環として吉野の自然の恵みである杉・桧を使った学校園教育の推進支援の担当として、図工の授業のサポートや、認定こども園での体験、吉野桧を使った学習机の制作など、0~15歳までの子どもたちに、この町の木の魅力を伝えながら故郷愛を育む(吉野の木育)お手伝いをしてきた。「子どもたちの数は残念ながら年々、減少していますが、この一枚の木が、どのようにしてここまでたどり着くか、山で働く人がいて、木を運ぶ人、加工する人、たくさんの人の手を経ていることを説明すると、子どもたちは愛着を持って大切に木を使ってくれます」
橋元さんが工房で玩具を作る時、イメージするのは、子どもたちが、そのおもちゃを使って楽しそうに遊んでいるシーン。音が鳴る楽しさ、木のぬくもりに触れる喜び。その原点にあるのは、自分自身が子どもの頃、夢中になった絵画や工作など「遊びの体験」という。
「自分が作ったおもちゃを通じて、子どもたちの無限大な想像力と創造性、夢が生まれるお手伝いができれば」
500年もの長きにわたって、この町の経済を支えてきた林業。事業所の数は最盛期と比べ三分の一に減少している。橋元さんは、「地域材と教育」を組み合わせたこの吉野での「木育モデル」を、全国の林業が盛んな地域でも活用してもらいたいと考えている。
「可愛がって育てる、という意味の『撫育(ぶいく)』という言葉があるのですが、木を育てるのも、子どもを育てるのも一緒。大切に育てられた吉野材に触れながら、吉野の子どもたちが育っていくように、教育という切り口から木材を活用する可能性を伝えていけたら」

2019年4月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維