吉野町
辻村佳則

TSUJIMURA & Cafe kiton

酒屋をメインとする家業を継ぎ、自分の代から、葛を使った菓子販売とカフェという業態に絞って勝負に出た。大衆路線とは真逆の「オンリーワン戦略」で、吉野山に新たな風を起こす。

ここを目指して来てくれる、そんな店であり続けたい

旅館、みやげ物屋、神社仏閣などが建ち並び、多くの観光客でにぎわう吉野山。この一角でひときわ目を引くのが辻村さんの店。一見、都会のセレクトショップと見まがうような上質な店構え。杉の木をふんだんに使い、硬質な鉄を組み合わせた印象的なインテリア。ご主人の辻村さんが葛菓子を作り、奥様が接客を担当する。
店内でドリンクを頼むと添えられてくる葛菓子は、口に入れると、ホロリととろけ、優しい甘みが広がる。子どもの頃を思い出す、どこか懐かしい味わいの干菓子。葛は吉野が誇る食材で、ツル植物の根から採った澱粉の塊を葛粉と呼ぶ。
ここ吉野山に生まれ、商売を営む家の次男坊として育った。
「祖母の代から続いていた商店で、今のコンビニのような存在です。当時は肉屋、魚屋、米屋など個人経営の店がにぎやかに並び、商店街が元気な時代。子どもの頃はどの田舎でもありがちですが、父から『こんな田舎にいたらダメだ、早く外に出ろ』と言われて育ちました」
父親の教え通り、学校を卒業後、一度は県外へ。ワイン好きが高じて、ワインを輸入販売する仕事などに就きながら、大阪や東京で暮らした。戻るきっかけになったのは父親の「店をたたむ」との一言。店は辻村さんが継ぐことになり、そのタイミングで結婚、吉野町に戻った。
酒屋業から今の形に商売を変えて今年で7年目。母親が昔から続けていた葛菓子作りをさらに発展させたい、という思いと「たとえば、同じ1000円を稼ぐにしても、自分たちの手で真心を込めて生み出したもので、その対価をもらいたい。自分の子どもたちにもそんな姿を見せたいという思いがあった」という。
新たに店を立ち上げるにあたって、県が主催するブランディングの勉強会に参加するなど、店作りの基礎を学んだ。販売する商品のコンセプトは「大切な人への贈り物」。シンプルで無駄を省いたギャラリーのような店内には、「ひみつの時間」「星とダンス」など、詩的なネーミングがつけられた葛菓子が品よくディスプレイされている。お店のウェブサイトに書かれたメッセージは、東京時代、PR会社に勤めていた奥様が、ご主人の話を聞き取り、さらに物語風にふくらませた。
辻村さんの店づくりにおける戦略は一言でいうと「引き算」。「普通は、あれもして、これもして、と『足し算』になりがちなところを、あえて『やめる選択肢』を大事にしています」
葛菓子は手作業のため、大量生産はできない。消費者にとっての希少価値は特別な付加価値として魅力に映る時代。「本当にお店を気に入ってくださったお客様の気持ちに応えたい、そう思って作っています」と辻村さん。
桜の名勝地、観光のまち。そんなイメージが強い吉野山で、「桜の魅力だけに頼らず、あのお店を目指して吉野へ行こう、そんな風に思ってもらえるお店がこの先、1軒、2軒と増えたら、全体が少しずつ良い方向に変わっていくはず。この先も吉野山に少しでもプラスの刺激を与え続けられる存在でありたい。そう思っています」

2019年4月取材
執筆:高橋秀子 撮影:田村寛維